満月

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今夜が満月みたい。

火星に気を取られてて、月のすぐ下に火星が来るのが28日というニュースを読んでから、満月が28日と思い込んでしまった。

ここのところ暑さがぶり返して、夜も外へ行ってないので。

いつだったか、この部屋の窓から深夜見たら夜霧が出てた。なのに、空に一つ、赤く光る星があって、不思議だった。

今から外へ出てもなぁ。まぁ、出られないから。明日にでも十六夜の月を見るつもり。

 

今夜のロクマン。

沖縄特集だった。沖縄沖縄した曲が多いのかな、と思ってたら、何だか涼しげな(実際に音が涼しいわけじゃないけど、ギターとかがきれいだった)感じがして、すごくよかった。きれいな音楽を聴いたっていう気がする。

 

暑くて、シジミチョウがいたし、アカタテハがいたし、アゲハ蝶もいたけど、ちょっと撮っただけ。

夕べ、一つ書いたのを清書。短いやつで、まだ、完成じゃない。

 

兄は、夏休みの宿題も、すぐにやって遊んだけど、私は終わりになる頃必死に、いい加減にやったなぁ。学校があっても、宿題、兄はやってから遊びに行ったけど、私は寝る頃に「今日は宿題がある」と言いだしてみんなをゲンナリさせた。「早ように、言えよ」と父が常日頃から言ってたけど、できなかった☆

大きくなって母から聞いたけど、兄は夏休みの研究もちゃんと色々やって、父も手伝ってたらしい。全然知らなかった。私はたいがい雲の観察。だって、夏の空はあの頃毎日たいがい一緒だったから、後になってもいい加減に書けた。

前、お医者さんで「ひこさん」が、「よっちゃんは惜しかったの。よう気の付く子で雨が降るとお母さんの仕事場に傘持ってきての。いい子だったに」と言われて私はびっくりした。

私はそんなこと全然気にしたことがなかったし、兄がそういう人だったのも知らなかった。私が感じてたより根の優しい思いやりのある人だったんかな、と今になって思う。カンの鋭い人だとは思ったことがあるけど。ぶどうとかも、ひと房を半分こしたけど、兄は新聞や本を読んだりしてゆっくり食べるのに、私はちゃっちゃと食べてしまって、「お兄ちゃん、まんだ、ぶどうがあるに」なんて言って、そうすると兄が「はあ、食べちゃったの?これやるわ」とくれた。卑しい私だったな☆

ひこさんも亡くなった。ビックリしたけど、転んだりするのは年を取るとよくないから気をつけないと、と思った。

 

もうすぐ秋。母と兄と三人、組の人達と長野へぶどう狩りに行ったのを思い出す。朝早くに出て行って、長野の・・・どこだったかな・・・塩尻だ!塩尻の釜飯しの駅弁を兄がすごく楽しみにしてたのを思い出す。私も楽しみにしてた。食べちゃった後の入れ物の小さな「釜」を持って帰ってきたものだった。

あの頃はここも子供天国だった。昼間は大人は男も女もみーんな工場でいなくて、夏休みや…そういうときは町中子供だけになった。年の上の者がみんな面倒を見てくれて賑やかだった。ほんと、子供だけの世界だったのに。もう今は子供は探しても見つからないくらい。。。寂しい町になったな。

 

ぶどう狩り。父は大勢の人と一緒っていうのは、好きじゃなかったからお留守番。

あっちにつくと、おいしいお漬物を出してもらって食べた。ぶどうを摘んで食べて、お土産にもぶどうを入れてそれは今の宅配みたいなので、後で送ってきた。

秋の一番の思い出。

 

今日散歩してて、道草ばっかりしてきたような・・・そういうのが楽しかった、今までのような気がした。

写真は2010年の9月21日、満月じゃないけど。もうすぐかな。ちょっと欠けたのかな。わかりません。置いていきたいと思います。

 

吾の道は道草の道十三夜